英語は学問??

こんにちは、Hiromiです。
暦の上ではなんと秋ですが(ほんまかいな!)とにかく毎日暑いですね・・!Nate’s Englishは明日からお盆休みに入ります。その間に、多読ライブラリーをもっと分かりやすく整理し直したいと思います!

さて、突然ですが、ずっと心に引っ掛かっていることがあるのです。
私たちは「英語を勉強する」と言いますが、その言い方って適当なのでしょうか?

私がかつて中学高校で英語を習った時は、文法と英文の日本語訳を中心に教わりました。それは、「英語という言語を言語学的に理解する」というアプローチだったように思います。英文をいかに正しい日本語訳に直していくか、という職人技を磨く訓練です。その場合は「勉強する(学問をする)」が理にかなっていると思うのですが、今「英語が話せたらいいな、、」と思う方の英語上達のアプローチは「学問」ではないのではないと思うのです。

もちろんある段階で机に向かって文法を勉強する必要はあると思いますし、やること自体は同じ場合も多々ありますが、それは「苦しくつらい学問」ではなくて「自分の世界と価値観を豊かにするエクササイズをしている」にすぎません。

同じ行為をするにしても、物事のとらえ方一つで気持ちは変わると思います。
「これやるの嫌だな、面倒だな」よりも「これをやったら一つ知識が増えるな!憧れの自分に近づけるな!」と見方を変えるだけで、ずっと楽しくなると思います!

今まで出会ってきたたくさんの大人の方が「え~、英語?!もう覚えられないし難しいし私には無理!」とおっしゃいました。判を押したようにそうおっしゃいます。こうおっしゃる方には二種類の方がいらっしゃいます。一方は「ただ興味がない方」、他方は「興味はあるけれども、自分には出来ない」と思っている方。後者の方は、学校で習った「英語=学問」の構図から抜け出せていないだけだと思うのです。

英語は、たくさんの人とコミュニケーションをとるための便利なツールにすぎません。私たちが日本語を普通に話しているのとまったく同じです。別に学校に通っていなくたって現地の人は英語を話せます。ただ違う言語だというそれだけです。ただ生活に使うものです。私たちは言語学者になりたいのではなく、便利なコミュニケーションツールを使えるようになりたいだけです。ちょっとくらい間違ったって誰も傷つけはしません。何一つ肩ひじを張る必要はありません。なので私は、英語に興味はあるのに「自分には無理」と決めつけている人は、「ああ、もったいないな・・!」と思ってしまいます。

この呪縛から解き放たれるのには、長い年月が必要です。私自身も、「英語=学問」から「英語=ツール」へと認識が変わるのに、何年もかかりました。その期間、たくさんたくさん英語を練習して、たくさんの海外の人に出会ってきたと思います。そして今、過去の自分を振り返ると、自分が固定概念の檻の中にいたことが分かります。渦中にいるときは自分のことって分からないものです。

英語を「学問」ではなく、「自分の生活をより豊かにするツール」とみなす。
このマインドセットが出来ると、ますます英語が楽しくなると思います!

お手伝いが必要な場合は、Nate’s Englishにお越しくださいね。
いつでもお待ちしてます:)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です